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その夏、思いのほか仕事を抱え込んでしまった私は盆休みを返上しなければならなかった。 当然、妻子からはブーイングの嵐である。 今まで大目に見てくれていたささやかな楽しみ、「食後の後の一服」ですら「嫌煙権」と「子供の健康」という伝家の宝刀で一刀両断されてしまう始末だ。 しかたなく、うだるような夏の夜のベランダに出て煙草に火を着けると、私の灯に応えるかのように、あちこちで蛍が動き出す。 哀れな都会の蛍の火は涙の色に見える。 一本吸い終わって私は妻子に声をかけた。 「おまえたちだけで先に広島に帰っておかないか? 今、ちょうど山口できらら博ってのをやってるし・・・」 そうして私は久しぶりの独身生活に戻った。 とはいえ、片付けなければならない仕事が山積みであり、色気ある話などあるわけもなかったし、部屋の中で煙草が吸えるのはいいのだが、「煙草の匂いが付くから」と言われ、「換気扇」を回さなくてはならないのが面倒だった。 空気清浄機付きのエアコンに替えたくても、今のエアコンは昨年入れ替えたばかりだった。 自然と会社にいる時間が増え、思ったよりも早く仕事が片付き、私も広島に帰ることにした。 運良く空席があり、ボーイング767は疲れきった私にタービン音の子守唄を聴かせてくれ、広島空港までの1時間と少々をほんの数分に短縮してくれた。 実家に着くと子供たちは市営のプールに行ったという。 もう二十年くらい私も行っていないと思い、「迎えに行く」との理由を付けて足を運んだ。 呉市営プール・・・懐かしいひびきである。小学生の時、入場料はいくらだっただろうか? 入場料と、帰りのタコの入っていないタコ焼き1本を(3つで1本の竹串に刺してあった)買うお金を持って、夏休み中通った覚えがある。 片山小学校の前を通り・・・ナイター設備が備わった市営球場が見え、そして市営プールの正門が(タコ焼きの屋台は無いが)変わらないまま私を待っていた。 入場料を払い中に入ろうとすると、「40歳以上の入場口」と書かれているゲートがあった。 「おやじを隔離するためか?」 と思い気分を悪くしたが、せっかくなので入って見ることにした。 ゲートの先はトンネルとなっていた。 「競泳プールへの通路みたいだな・・・」 トンネルがなぜか懐かしく、私は思わず走り出していた。 記憶に有る通りのシャワーが天井から水を降らせていたが、もう既に私は水泳パンツ姿であった。 走り抜けた先には、眩しく目が開けられないほどの「光」 目が慣れて、周りを見渡すと、そこはなぜか同窓会だった。 「なんで?なんでみんなここに?」 「なんでって言われても・・・おまえこそ何で?」 皆が皆不思議そうに、しかし懐かしそうに話をしている。 共通の話題は・・・やはり同窓会らしく、高校時代の思い出話であった。 「あ、気が付かれましたか?」 「え?ここは?」 「市営プールの管理事務所です。」 「私は・・・」 「入り口入った所で貧血起こされたみたいですね。」 「倒れたんですか?」 「ええ、だいぶお疲れのようです。大丈夫ですか?」 「はい、ご迷惑おかけしました・・・」 「いえいえ。お気をつけてお帰り下さい」 多少ふらつきながら私は管理事務所を後にした。 日差しは強く、暦の上では秋がすぐそこに来ているとは思えなかったが、その強い日差しよりももっと眩しく、輝いて見えたあのトンネルの向こうの同窓会・・・ あれはいったい何だったんだろうか・・・単なる夢? いや、やっぱりプールだったに違いない。 一番輝いていた頃の思い出ばかりを溜めたプールに、みんな時々やって来ているんだろうな。 蝉の声ももう聞かれない。 秋はすぐそこにやってきているようだった。 SPECIAL THANKS K.MORISHIMA |